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落語“与太郎”はバカじゃない!? 「メタ認知」を使える優秀な男で…

発行責任者 (K.ono)

 2016年にブームが始まり、現在も一定の数の若者が夢中になっている日本の“伝統文化”があります。

 それが「落語」です。初心者向けやコロナ禍での「オンライン落語」も普及するなど、新たな楽しみ方も浸透しています。若者の間でもファンが増えており、時代を超えて「笑い」がつながっていることがわかります。

与太郎は「おバカ」なキャラクター?

「芝浜」や「藪入り」「皿屋敷」など名作は多数ありますが、数多の落語の中でもその多くで重要人物として出てくるのが「与太郎」です。

「道具屋」「ろくろ首」「大工調べ」などに登場する与太郎は、成人しているのに非常識で無頓着、注意力散漫な人物として描かれます。それが落語の噺に彩りを与えるおとぼけキャラです。

 現代で言えばかなり生きづらいタイプという印象ではありますが、古典落語の舞台である江戸においてはイキイキと生きているのです。

 全体的に与太郎は「おバカ」なキャラクターと感じる人がほとんどでしょう。しかし、その解釈を否定する人もいます。

 それが落語界の革命児である故立川談志(七代目)さんです。2011年に亡くなるまで落語の革新と現代へのフィットを目指した天才として知られていますが、その弟子である立川談慶が自身の著書『ビジネスエリートがなぜか身につけている教養としての落語』(サンマーク出版)で、談志さんの与太郎に関する解釈を紹介しています。

実は“客観性”に富んでいる?

 談志さんによれば与太郎はいつ登場しても「傍観者」といえる立場で登場します。自分から積極的に話しかけるような人物ではなく、自然と周囲から声をかけられ会話に入っている……ようはコミュ力が高いというべきでしょうか。

 与太郎が“客観性”に富んでいるというと談志さんは考えていたようです。同著では、与太郎が「世の中売る奴が利口で買うやつがバカ」など、時として本質を突くような発言をする点にも着目しています。これもまた俯瞰できる気質という解釈に合っているかもしれません。

 こうした「俯瞰」は公正公平な考えや冷静さに欠かせず、現代では「メタ認知」という言葉で表現されます。メタ認知がないと自分の手の届く範囲にしか目がいかず、自分の能力を過剰に高評価(ダニング・クルーガー効果)したり、自分自身の長所、ならびに足りないものをしっかりとらえることができず、成長が阻害されるリスクが増してしまいます。逆にメタ認知があれば、より成長する機会を得ることになります。

 冷静に俯瞰的に世間や自分を眺めるというのは、簡単なようでなかなかできないものです。与太郎はそれができるわけですが、それができない人からすれば言動などが理解しがたい部分もあり、だからこそ「おバカ」という表現になってしまう面もあるかもしれません。現実の偉大な起業家や研究者も“変わり者”と呼ばれることが多いのに近い部分がありそうです。

 連綿と続く歴史を紡いできた落語ですが、現代社会にも通じる物事の本質や人間性の意外な部分を学ぶことができます。与太郎の存在は、多くの「居心地の悪い人」にとって勇気をもたらす人物像と言えるのではないでしょうか。
(文/谷口譲二)