日本で働く上で、特にサラリーマン等組織で働くのであれば、おそらくもっとも重要視されているのが「コミュニケーション能力」でしょう。
コミュ力にも遺伝で差が出る?
巷ではコミュ力という言葉で浸透していますが、すでに基本的な知能や集中力などの半分近くが親からの「遺伝」によって成り立つことが研究などで示されており、個々人によってコミュ力にも遺伝である程度差が出る、と考えるのが自然でしょう。
一方、学校教師や友人関係、ソーシャルメディアなど「非共有環境(家族関係などは共有環境)」と呼ばれる領域の影響も小さくありません。コミュ力に関連する「基礎的な人間関係」や「インフォーマルな社会関係」「親密な関係」といった項目は遺伝30%程度、非共有環境が45~60%と環境の影響も大きいという結果が出ています。遺伝と環境の運によって人間の性格や能力、コミュ力もある程度は変わってくるわけですが、コミュ力に関しては本人の努力によって改善される余地があることが数字から理解できます(数字は橘玲著『無理ゲー社会』(小学館)より)。
遺伝や学校でどんな人に出会うかなど多分に運が影響する点は否定できませんが、働く上で必要なコミュ力を少しでも向上させるコツはあるのでしょうか。
人間の認知科学分野で語られる「常識推論」が、そのヒントの一つになるかもしれません。
「鳥は空を飛ぶものだ」?
例えば「鳥は空を飛ぶものだ」という説明があった時、瞬間的にはこの説明が正しいと認識してしまいますが、少し考えればニワトリが空を飛べないことも、ペンギンは泳ぐ専門だということはすぐに出てきます。正確には「“だいたいの”鳥は空を飛ぶものだ」ということになるでしょうか。
この「だいたいはこうだから」という認識から特定の物事を決めつけてしまうことが「常識推論」と言います。こうした判断はそれこそ“だいたいは”的中しますが、時にとんでもない大失敗の原因になったりするものです。これは過去の経験や世間の常識から直感を信じすぎることによって生じます。
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』(早川書房)で「人の直感がどれほどバイアスの影響を受け、信頼できないものか」とさまざまな例を用いて紹介していますが、この常識推論もまた、その一つと言えるでしょう。
また、これが人間の面倒くさい部分でもあるのですが、自分の信じる事柄(例えば「鳥は空を飛ぶものだ」という説明を信じる)であれば、仮に論証として妥当でなかったとしても信じた気持ちを基準に考えてしまう部分があるようです。これが「信念バイアス」であり、より誤った判断をさせやすくしてしまうのです。一般的には「意固地」という感情でしょうか。
こうした常識推論や信念バイアスが、コミュ力にどう影響するでしょうか。
状況を先読みするリスクと有用性
信念バイアスに関しては「それがある程度正しい信念ならば」基本的には問題ないでしょう。しっかりした芯を持つ人という認識も持たれるでしょうし、一目置かれたり信頼されやすくなる部分もあるはずです。ただ、その信念が時に偏っていないか、論理的か否かを時折確認する必要はあるでしょう。
常識推論に関して言えば、さまざまな場面で上司や同僚を見て「こう考えているのではないか、こうしたら喜ばれるのではないか」など、状況を先読みすることには有用性があるはずです。
ただ「この上司はブラックコーヒーをいつも飲んでいるから」とブラックコーヒーを出した際、上司から「疲れているから今日は甘いのがよかったけど、ありがとう」と言われるかもしれません(上司の性格の悪さはこの際無視します)。こんな発言をされれば傷つくはずですが、自身の中での常識や考えを更新していくことで精度の高い推論が可能になり、円滑な人間関係を築くきっかけにつながるはずです。
コミュ力は鍛えることができる……学生時代の友人関係なども含め「気遣い」が日本のコミュ力の本流ですから、最低限のスキルを得るには常識推論や信念バイアスを意識する必要があるかもしれません。
(文/谷口譲二)