社会

堀江貴文ら「今を生きろ」自己啓発の常套句は危険? 現在を“過大評価”する思考

発行責任者 (K.ono)

 最近はインフルエンサーや著名人の「自己啓発本」が時折話題になります。

「今を生きる」「今この瞬間を全力で楽しむ」?

「圧倒的に成功する法則」「前向きに生きる方法」「抜きんでた人材になるためには」「自分らしく生きる」といったような、個人の願望を刺激し今よりも人生が好転する(と思われる)ヒントが散りばめられています。

 実際にはインフルエンサーの「信用度」を高めるために書籍発売があったりもするわけですが、彼らの言葉に良くも悪くも影響を受ける人は少なくありません。良い影響なら成功者の仲間入りとなるかもしれませんが、悪影響の場合はかなり悲惨な状況になりかねません。鵜呑みは禁物です。

 なぜなら、みなさんが知っているインフルエンサーはもともと「高い能力」を有しているからです。会社経営だったり、行動力だったり、エンターテイナーだったりとその人の特性や特徴が経済社会において結果を出すものだったということです。こうした能力は生まれた環境や遺伝、独自の経験などによって発するものであり、そもそも平等ではないという考えも一般的になってきました。

 無論、彼らと似通った能力や特性がある人なら、憧れのままに行動して成功を得ることもできるかもしれません。ただ、やはりそうした合致は確率としては低いはずです。広告宣伝はそうした少数の成功例を大々的に見せることで多くの大衆を誘導するのです。

 そんなインフルエンサーの自己啓発本でもっともよく使われる言葉の1つが「今を生きる」「今この瞬間を全力で楽しむ」などというものです。実業家インフルエンサーの第一人者と言える堀江貴文さんもよくこの言葉を著書で使っています。

 どれほど予測しても、未来を正確に捉えることなどできません。変化の目まぐるしい現代ではなおさらでしょう。だからこそ「今に集中する」という言葉は魅惑的になるのです。

 ただ、スイスの作家ロルフ・ドベリ氏の著書『Think right』(サンマーク出版)ではこの点に疑問を呈しています。

「今日1万円がもらえる」と「1年後2万円がもらえる」

 同著ではラテン語の『Carpe Diem(カルペ・ディエム)』という言葉を紹介しています。意味は「その日を思う存分楽しもう。明日のことは気にするな」です。昔からこうした考えは人気があることがわかります。

 ただ「人間はもともと今を重視するもの」ものです。人間は効用の大きさを図る時、現在に近いほど大きく、現在から遠いほど小さくなるのです(時間的選好)。

 例えば「今日1万円がもらえる」のと「1年後2万円がもらえる」ならばどちらがいいかと聞いた場合、大抵の人は前者を選択します。合理的にどちらが得かは明らかですが、今もらえるという価値を過大評価する傾向にあります。これを「現在バイアス」といいます。

 つまりもともと人は「今を生きる」傾向にあり、「今この瞬間を全力で楽しむ」が魅力的なのは、それが人間の本能的な思考だからかもしれません。

『Think right』では、後に大きな見返りがある場合を除いて、目の前の得に手を伸ばしがちであると指摘しています。前述の1万円と2万円では大きな見返りとしては弱いのです。

人のその場での衝動は、後になって多くのマイナスを生む可能性もあります。目の前のおいしい話に立ち止まることや抑制することは『カルペ・ディエム』よりも重要であることがわかります。

 そうなると、インフルエンサーや自己啓発本の刺激的と思われる言葉の数々も「目の前のおいしい話」に過ぎないということかもしれません。
(文/谷口譲二)