日本の多くの社会人は会社員、並びに公務員やその他組織に属するサラリーマンである。
トヨタ「終身雇用を守っていくのは難しい」
2020年の「労働力調査」によれば、就業者に占める雇用者の割合は 89.5%と、9割近くがサラリーを得て生活している状況にある。戦後から現在にかけて雇用される労働者として終身雇用で定年まで過ごし、老後を過ごすというのが、一般的な理想モデルとされた。
しかし、近年はそのモデルは極めて不透明になり、疑問も膨らんでいる。
ITやAIに関する世界の早すぎる変化からの遅れ、長引く経済停滞、日本一の企業であるトヨタ自動車が「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と宣言するなど、一つの企業で盲目的に長く働くことの難しさが表面化している。
給与の生涯安定がないなら老後は年金で……という考えがあるかもしれないが、年金も少子高齢化によってこれまで通りの金額をもらうことはほぼほぼ不可能といえる。年金は現役世代から徴収したお金から高齢者に行き渡る仕組みであり、現役世代が減り、高齢者が長寿も相まって増加することになれば、分配が減るのは当然である。ここからとんでもない成長が起きて、現役世代の給与が爆増すれば別だが……。
終身雇用も厳しく、年金も甘くない状況になる。ならば「退職金」はどうだろうか。
1997年時点で3023万円
サラリーマンの退職金制度は1997年時点で平均3023万円。税金を差し引いても「老後2000万円問題」を一気に軽くする金額だ。
ところが2017年は、35年以上勤続した平均(就業構造基本調査より)で1997万円である。1000万円超の退職金がこの20年で減少してしまった。普通に計算すれば、10年ごとに500万円ずつ減る。40年後はゼロになるペースということだ。そもそも退職金制度を廃止する企業も増え続けている。
もともと退職金制度というのは「在職中の賃金を低く設定し、退職時に支払っていなかった賃金をまとめて支払う後払い」という制度。よく日本の会社は若いうちの給与が低いというが、それも退職金文化から生まれた部分がある。
退職金は戦前の財閥で働いた従業員に割り振る制度として生まれたが、戦後の復興や高度成長、それを支えた製造業などが退職金制度にうまくシンクロした。従業員を囲い込み簡単に辞めないように「長く働けば将来いい思いができる」という制度を活かしたのである。
ただ、あくまでも退職金は「自社積み立て」の狭いルールであり、倒産すれば退職金も消えてなくなる可能性もある。ITなど非製造業が隆盛の現在、優秀な人材は生え抜きだけでなく中途も多い。新卒で勤続年数が長いだけで退職金額に差があるという点への疑問もあるだろう。また、変化が激しい世の中で企業としても多額の退職金に及び腰になるのは自然だ。
早い段階で資産を
最近ではそうした慣習を打ち破るため、「新卒年収1000万円」や「実力主義で年齢関係なく高収入を実現」といった大企業やメガベンチャーも増えてはいる。これが浸透すれば、老後ではなく早い段階で資産を形成するサラリーマンも増え、退職金への意識も薄れるかもしれない。
しかし、いまだ年功序列、終身雇用の企業が多数なのも現実であり、それが肯定されるムードも強い。サラリーマンのマイホーム・ローン信仰に代表される、広告等の社会的なプロパガンダも影響の一つだろう。
終身雇用も年金も退職金も明るくない。日本企業の抜本的な変革は難しいが、せめてムードを少しでも変えられないものだろうか。
(文/谷口譲二)