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JRA長澤まさみさんCMでも話題!ステイゴールドモデル小説【黄金旅程】本音レビュー

発行責任者 (K.ono)

 馳星周著『黄金旅程』2021年12月刊行

 著者は2020年に『少年と犬』(文藝春秋)で直木賞を受賞。今回紹介する『黄金旅程』は受賞後の第一作で、テーマは「競馬」。直木賞受賞作でもわかる通り、作者は動物好きである。

 一方で著者は20年以上の作家生活で「ノワール小説」を数多く発表しており、反社会的勢力や犯罪がらみの作品も多い。今回の『黄金旅程』でも犯罪絡みの話は出てくる。

「稀代のシルバー&ブロンズコレクター」ステイゴールド

 本作は馬産が活発な北海道の日高地方・浦河町(北海道の南の海沿い、新冠町や日高町、むかわ町など生産牧場が多い地域)を舞台に、養老牧場(引退した馬を引き取る牧場、生産はしない)経営をする装蹄師の主人公・平野と、幼馴染で覚醒剤の逮捕歴がある元ジョッキー和泉らと、JRA(日本中央競馬会)所属の〈シルバーコレクター〉エゴンウレアが歩むサクセスストーリーである。

 タイトル、そして〈シルバーコレクター〉と聞けば多くの競馬ファンはピンと来るだろうが、このエゴンウレアのモデルは、「稀代のシルバー&ブロンズコレクター」として人気を博したステイゴールド(1994年生~2015年天国へ)である。

 ステイゴールドは今年の長澤まさみさんら出演のJRA公式CMにも「愛されたHERO」として出演。それだけ人気があった馬だ。

 1996年のデビュー時から気性が荒く、それなりに高い評価を得ながら4歳(現在の3歳)春のクラシックには間に合わなかった。1997年に阿寒湖特別(900万下・現在の2勝クラス)で勝利し、クラシック最後の菊花賞に出走するも8着。その後は1600万下(3勝クラス)で2着を続け、重賞でも2着を続け、さらにはG1でも2、3着に数多く入るという「異業」を記録。2着に入ることも多いため本賞金が加算され、ビッグレースにも多く参戦できた。

 ステイゴールドと言えばその相手もすさまじい。サイレンススズカ、エアグルーヴ、スペシャルウィーク、グラスワンダー、セイウンスカイ、テイエムオペラオーなどなど歴史的名馬が集中した時代で、そのなかで上位に何度も食い込んだ点は特筆に値する。ただ、勝てない。ロイスアンドロイスやナイスネイチャ、バランスオブゲームなど個性派はたくさんいるが、その歯がゆさは他の追随を許さない。G1で2着した後のG2で4着など「なんで?」という結果になるパターンも多かった。

ステイゴールドの生涯をなぞると「ネタバレ」

 ようやく勝利したのは2000年の目黒記念で、ここで武豊騎手を乗せてやっと重賞初制覇。すでに3年ほどが経過していた。その後は有名な話だが、日本のG1ではなかなか上位には入れないものの、2001年の日経新春杯を勝ち、当時G2だったドバイSCで世界的強豪ファンタスティックライトを撃破。引退レースとなった同年冬の香港ヴァーズでは奇跡的な末脚で逃げるエクラーを強襲。ハナ差制して初G1制覇を達成。引退となった。

 引退後は種牡馬になり、オルフェーヴルを筆頭に兄のドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、ゴールドシップ、インディチャンプ、オジュウチョウサンなど大活躍。父サンデーサイレンスの後継の一角として地位を築いた。

『黄金旅程』は、ステイゴールドの生涯をなぞるだけでも少々「ネタバレ」になってしまう。小説の後半ではまさにステイゴールドの競走歴における最高潮の部分がエゴンウレアを通して描写されており、種牡馬入りしてからの「強い子ども」のエピソードもある(肉をやったら食うのでは、という実際にあったセリフも差し込まれるなど)。競馬ファンからすれば「その内容は知っている」としらける要素もあるかもしれない。

 一方、物語の大部分は装蹄師の主人公、元ジョッキーの友人、女性獣医師、牧場関係者の人間模様やサスペンスな事件がメインで、北海道における馬産の実態なども描写される。著者得意の「コワモテ」なトラブルや暴力描写も少なくはない。競馬ファンでもそうでない人も楽しめる内容にはなっているので心配いらない。

 一方、同作のエゴンウレアの“バックボーン”はステイゴールドと少々異なる。ステイゴールドは日本最大の馬産グループ、社台グループ(小説では千歳グループ)につながる「白老ファーム」の生まれであり、父は日本の歴史を変えた種牡馬サンデーサイレンス、母ゴールデンサッシュの祖母は社台グループ発展の基礎を築いたノーザンテースト、さらに馬主は社台レースホースという、出自だけなら完全な「おぼっちゃま」だ。エゴンウレアは中小牧場である栗木牧場の生産で「大手グループに押される日高地方の星」という位置づけだ。

エゴンウレアが起こす“下剋上的な奇跡”

 実際に現代競馬で超がつく強豪ら相手に上位進出を続ける馬は、社台グループ(特にノーザンファーム)生産だったり良血だったりというのが多数派で、ステイゴールドが勝てないながらも善戦を続けていたバックボーンには社台グループの力があったのは間違いない。そういう意味でエゴンウレアが起こす“下剋上的な奇跡”とはやや本質が異なるという印象はぬぐえない。そして、ここまでステイゴールドをトレースすると、ステイゴールドが残した感動には及ばないという弱点もある。

 また、最近でいうなら、同じく日高のヤナガワ牧場で生産され、血統的には注目はされなかったがデビュー後はG1戦線で大活躍。最終的に歴代2位の18億7684万3000円を獲得し、北島三郎さんが馬主ということで国民的に注目されたキタサンブラックのほうが、エゴンウレアよりも“奇跡”と言えなくもないのである。

 競馬小説の難しいところは、競馬小説よりも「競馬の実際の出来事」のほうがフィクションより衝撃的、という点にあるのではないか。宮本輝著『優駿』(新潮文庫)で登場したオラシオンという馬の強さはとんでもないものがあったが、その後ナリタブライアンやディープインパクトが、極めて優れた小説描写すらも超えるパフォーマンスや戦績を出すに至っている。

『黄金旅程』は、競馬という競技が、馬主、調教師、装蹄師、牧場、厩務員、獣医など数多くの人が馬を中心にそれぞれの役割を全うし、それぞれに思惑や願いを抱えてレースに送り出していることが感じられる良作だ。一方で、競馬小説というジャンルの難しさも表した作品ではないだろうか。
(文/新島健太郎)