社会

『格差』と精神疾患の残酷な現実…人の行動を左右する“支配行動システム”とは

発行責任者 (K.ono)

  2021年10月の衆議院選挙でも注目を浴びましたが、現在の日本を含む先進国で問題視されているのが「格差」です。

 収入格差を筆頭に教育格差、男女格差、機会格差といったさまざまな格差が問題視されています。もっとも、日本の場合は格差が世界一大きい米国やそれに次ぐ英国などと比較すると、まだまだ深刻度は低いという意見もありますが……。

『格差は心を壊す 比較という呪縛』

 リチャード・ウィルキンソンらの著書『格差は心を壊す 比較という呪縛』(東洋経済新報社)では、米国や英国の研究やデータを中心に、格差や不平等がそこに住む国民の健康や精神状態を蝕むのかを詳しく紹介しています。日本の現状がここまでひどいものではないとはいえ、このまま格差が拡大していけば、将来的に似たような状況になるリスクは内包されています。

 同著の序盤では、格差や不平等によって「社会的地位」を多くの人が意識するようになり、それが心の病、つまりはうつ病などの精神疾患につながると指摘しています。これは人間の行動的反応に基づくものであり、論理的に説明することが可能なのだそうです。

支配行動システム(DBS)

 そのカギを握るのが、カリフォルニア大学バークレー校のシェリー・ジョンソンらによって研究された「支配行動システム(DBS)」と呼ばれるものです。これは「支配と従属」「友好と敵対」というそれぞれ真逆の側面のバランスによって、私たちは対人関係や社会生活における行動や選択をしているというものです。研究では、DBSが「生物学的な基本システムとして概念化されたもの」としています。

 自分が格上の人間に出会った時、格下の人間に出会った時それぞれでどのような行動をとるのか、勝ち目のない戦いを避けるなど傷つかないための最適な選択をするためなどなど、社会生活を生きる上で「支配と従属」「友好と敵対」を柔軟に使うDBSは必要不可欠なものです。DBSによる経験や失敗(例えば友達を失った経験から、同じ失敗をしないようにするなど)から、私たちはそれぞれ最適な社会生活を送るのです。

 支配力が強く敵対的な人間ならば「暴力による支配」を選ぶ場合が多いでしょうし、支配欲求があっても友好的なら優れたリーダーシップになる場合もあります。こうした人はある意味では“積極的”な側面もあり、気遣いに欠けるリスクはあるものの、うまくハマればポジティブな社会生活につながることもあります。なぜならそれが社会的地位、つまりは「権力や名声」を手にする可能性があるからです。

 逆に「従属と友好」という側面はどうでしょうか。思う通りに他者を動かすことはできず動かされるばかりで、かつそれを否定できず友好的な態度しか取れない……これは社会との断絶や意欲の消滅につながります。現代社会で言えば「引きこもり」や「仕事や人間関係に苦しみ嫌気がさしながら、生活のために仕事を辞められず続ける」ことなどでしょうか。いずれにせよ権力や地位とは無縁の状態であり、それは現代においては「恥」「屈辱」です。私たちは屈辱を他人に突き付けられると、時にふさぎ込み、時に暴力や怒りに訴えます。

 上記のように、私たちは社会生活において常にDBSを使い、社会的地位や自分のポジションを意識して生活しています。

「再分配」だけでは社会はよりよくならない

 残酷な話としては、社会的地位や権力が高いほうがうつ病などにかかりづらいこともわかっています。DBSでいうところの「従属、服従」を自発的に行い“敗北”から逃れられなくなることで精神疾患が起こる、と主張する心理学者も増えているようです。

 同著では不平等な社会の拡大によって人が他者とより比較するようになる心理状態が大きいとしており、仮に公共支出を増やすなど社会保障が充実しているからといって解消できるものではないとしています。つまり、衆院選で叫ばれた単なる「再分配」だけでは社会はよりよくならないということです。

 米国では絶望死(自殺、薬物、アルコールでの死)が白人労働者階級に広がっていると、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が著書でも指摘していますが、これもまた格差と不平等によるものです。

 国際的には格差が「まだマシ」な日本とはいえ、今以上に格差が増大すれば、より社会的地位へのネガティブな意識が強まったり、逃れられない敗北感からのうつ病増加も避けられないのかもしれません。少しでも良化する道を探らねばならないのですが……。
(文/川上涼介)