思考

大谷翔平、ジョーダン…「努力できる人」の柔軟な発想と「人間の資質」について

発行責任者 (K.ono)

 仕事でも趣味でも、一定の上達をするには「努力」というのは欠かせないことだろう。

 大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手のように「努力+圧倒的な才能」という人物は確かに存在する。「努力が才能を凌駕する」などと安直なことを語るつもりはない。

努力できる人と努力できない人

 しかし「すべてが才能で決まる」としてしまうと、人は何一つとして努力をしなくなってしまうだろう。実際に努力でスターになったスポーツ選手もいるし、スポーツでなくとも、会社などで不断の努力を続けて成果をあげた人を、私たちは個人でも何人かは知っているのではないか。

 しかし、そうした人々に出会い多くのパターンを見てなお、努力できる人と努力できない人が存在するのか。頭では努力の効果や重要性を認識していても、なかなか実行に移せないのはなぜか。努力を避ける傾向にある人が大多数いて、努力を継続できる人が「ストイック」という特別な枠に収められてしまいがちなのはなぜなのか。

 それは、努力をできない(怠るのではなく、できない)人の多くが「人の資質は生まれながらのもので、変えようがない」と考えているから、という意見がある。

「バスケットボールの神様」であるマイケル・ジョーダンは、現役復帰のウワサが出て大騒ぎになった際「なぜ復帰程度でこんなに騒がれるのか。カルトの教祖のようで恥ずかしい。普通の人間なのに」と戸惑いを見せたという。

柔軟な発想で「人間の資質」を受け止める

 世間(というか世界)はジョーダンを「神」「天才中の天才」と崇めたが、NBAでジョーダンがどれほど練習の虫だったかは非常に有名だった。苦労を重ねて成長し、数多くの伝説を残した。

 しかし、人は圧倒的な存在を目の当たりにした際、積み重ねてきた地味な努力の部分をすっ飛ばして「天才」「スーパースター」という言葉で片づけてしまう。それこそが「人間は資質」と多くの人が本質的信じているという証拠ではないだろうか。

 一方で有名無名にかかわらず、努力ができる人というのも存在する。そうした人々は硬直した思考とは逆、柔軟な発想で「人間の資質」を受け止めている。

 彼らは「能力の開花には時間がかかる」ということを理解している。硬直な考え方の人は、学生時代のテストや少年時代の能力で個々人のすべてがわかると考える。しかし、実際は数多くの例外があるということだ。

 能力を固定したものと捉えず、本人次第で変化するものと考えるのが「努力に向かう」第一歩といえるだろう。

 また、こうした思考の変化は「成功・失敗」に対する受け止め方にも影響を及ぼす。

 能力が生まれつき固定されたものとする人は「常に失敗できない、しくじってはならないという切迫感」に駆られており、失敗した場合は必要以上に落ち込み、周囲や環境を言い訳にする傾向がある。逆に成功すると必要以上に優越感を感じてしまう反動もあるようだ。

「行動力」に変化が生じる

 一方で能力は変化するものと柔軟に考えている人は「失敗することで自分の能力が決まってしまうわけではない」という思考になるという。また失敗を周囲のせいにしたり言い訳をせず、自分事のまま捉えることができるという。

 無論、何かがうまくいかなかった際にはどちらのタイプの人も落ち込むものだが、前者がその後投げやりになったりやるべきことを放棄したりする一方、後者はよりそのやるべきことや課題に全力で取り組むようになったという。簡潔にいえば「行動力」に変化が生じるのだ。

 結局のところ、努力のできる・できないは単純に根性やその人の性質ではなく「心の状態」や「根本的な思考」が影響していることがわかる。

 なかなか努力が継続できない人は、一度自分がどちらの思考に近いのかを考えるのも一つではないだろうか。思わぬヒントになるかもしれない。
(文/城春太)