思考

ジョブズもアインシュタインも「非合理」に囚われ不幸に…合理性の難しさ

発行責任者 (K.ono)

 2021年10月、自動車メーカーのホンダの「早期退職」が大きく報じられました。

高給をもらう「妖精さん」

 パナソニックも同様に早期退職が話題になりましたが、1000人予想のところ2000人と大きく上回る数字になったようです。55歳以上で仕事をせず高給をもらう「妖精さん」を狙い撃ったようですが、実際には優秀な人もいなくなる事態となったようです。

 優秀な人ならば国内外問わず技術が欲しいという会社は多いでしょうし、多額の退職金を得てすぐ転職、ということも不可能ではありません。こうした結果を招くのはある意味必然と言えるでしょう。ホンダとしては無駄な人的コストを排除することを目論んだのでしょうが、副作用は確実にあると考えるべきでしょう。

 ただ「妖精さん」の存在がこうした早期退職を生み出している原因であることは否定できない事実です。誰もが入社時にはやる気があったはずですが、出世ができなかったり冷や飯を食わされたり、そもそも組織に疲れたり……摩耗する中でやる気を失い、それでも一定の給与を得ることで家族を養ったりローンを返したりしなければならず、現状にただ居座る結果に至るのです。むしろ、過去にやる気があった人達ほど反動でそうなる場合も多いそうです。

 やる気に満ちた若い人からすれば「なんであんなにやる気がないんだ」「老害」といった声が聞こえてきそうですが、誰しもがこうした「妖精」になる可能性は否定できません。傍から見れば「バカ」にしか見えない自己保身型の人も、今懸命に働いている人も表裏一体、コインの裏表に過ぎないのです。個人として、会社にとって非合理的な行動をとってしまうのは珍しいことではありません。そして最終的にはやりがいや尊敬を得ることなど、人が幸福になるために必要な要素も失われてしまうのです。

 人の「二面性」というのは長きに渡って研究されてきた分野です。フランスの心理学者ジャン=フランソワ・マルミオンの著書『「バカ」の研究』(亜紀書房)では、どんな立派な人物も非合理的な考えに陥る可能性を示しています。

ジョブズもアインシュタインも「囚われた」

 基本的に知性の高い人は、非合理的な考えや、そもそも物事を簡単に信じ込まないものです。例えばホンダ社に入社できるような社員の多くは、組織に順応するという意味で知性低くてはいられないでしょうし、高度なビジネスを遂行する力も求められます。そういった人たちは、物事に対して批判的な思考を有しているものです。

 しかし、知性と批判的な思考はイコールではないと同著は語っています。これは、どんな知性が高くても時にバカげた話を信じたり、盲信してしまう可能性があるということです。

 例えばアップル創業者のスティーブ・ジョブズは世界最高とも言える起業家、アーティストであり、その知性と美的センスは圧倒的なものがありました。

 ただ、そのジョブズが膵臓がんにかかった際、彼は手術すれば完治するにもかかわらずそれを断固拒否。代わりに自然療法や断食、サプリメントなど科学的根拠ゼロの治療に傾倒し、結果的にがんは悪化、手術を受けた時には手遅れで、56歳と早すぎる死を迎えました。彼が生きていたら世界の経済界はまた違う形を見せていたことは疑いようがありません。

 誰もが知る理論物理学者アルベルト・アインシュタインも、自身の妻が足が悪く、子どもが病気になったことに対し「自分より精神的、肉体的に劣っている者との間に子どもを作ってしまったから罰が当たった」と嘆いたそうです。アインシュタインほど突出した頭脳があっても、何の根拠もない考えに支配されていたそうです。

 こうした特別優秀、もはや怪物と呼ばれる知的人物でさえ、根拠のない話や非合理的な思考に囚われるパターンは数多くあります(特別変わり者ということもあるでしょうが)。

 一流企業に勤めているエリート会社員であっても、合理的に行動できるわけではありません。周囲に迷惑をかけたり会社に負担をかけても「妖精」でいることを選ぶのは、もはやそれが“正しい”と結論づけて疑ってもいないからでしょう。それは彼らの個人的な事情においての合理性(限定合理性)に過ぎないのですが。

 いわゆる「普通の人」であればあるほど、現状を守ろうとするのは当然のことです。企業にとって非合理的であっても、今後もそうした人は消えないでしょう。それは知性などとは関係なく、人それぞれの非合理的なバイアスから生じるもののはずです。
(文/谷口譲二)