現在、俳優の山下智久さん主演で放送中のNHKドラマ『正直不動産』。
「千三つ(千の言葉のうち真実は三つしかない)」
巧みな「嘘」によって不動産会社でトップ営業マンに上り詰め、高級タワマンで暮らす永瀬財地(ながせさいち 山下さん)が、ある物件にあった祠(ほこら)を破壊したことで祟られてしまい「嘘がつけない人」になってしまう。どこまでも「正直な営業」をせざるを得なくなった永瀬の、不動産にまつわるトラブルや闘いを描いた作品だ。
原作は『ビッグコミック』(小学館)に連載中の人気漫画で、原案は反社会的勢力のノンフィクションや、アウトロー漫画の原作等も手掛ける夏原武氏、脚本を水野光博氏、作画を大谷アキラ氏が務める。
同作の特徴は「千三つ(千の言葉のうち真実は三つしかない)」という格言(?)もある不動産業界において、一切嘘がつけなくなった男の話である。不動産業界の実態、社員たちの本音などがそこかしこに散りばめられ、業界の舞台裏を覗き見るというスタイルの作品である。
「一般媒介契約」「建築条件付土地売買」「使用貸借」など、業界にいなければ聞きなれない文言が多く、一見すると理解するのが難しい作品ではある。ボーっと読んでいるだけではなかなか把握しづらい部分もあるかもしれない。
『ナニワ金融道』と『ドラゴン桜』の中間?
一方、しっかり読めれば同作は「知識の宝庫」であり、これまで不動産屋の言葉通りに契約してきた自分たちがいかに転がされてきたのかがわかる内容となっている。若者であれば「賃貸契約やマイホーム購入」、富裕層の年配であれば「土地、不動産売却」など、それぞれのライフステージごとに熟読するポイントが異なる点も面白い。
こういったいわゆる「業界の汚い裏側や人間模様」を描いた漫画は定期的に生み出され、都度ブレイクしている。消費者金融やマチ金を舞台にした『ミナミの帝王』(1992-現在)や『ナニワ金融道』(1990年-1996年)はその代表的な例と言えるだろう。過激なものだと『闇金融ウシジマくん』(2004年-2019年)、よりハウツーに寄せるなら三田紀房氏の『ドラゴン桜』(2003年-2007年)や『インベスターZ』(2013年-2017年)なども挙げられる。『正直不動産』の作品としてのトーンや雰囲気は『ナニワ金融道』と『ドラゴン桜』の中間といったところだろうか。
「ゲストのリアリティ」
ただ、『ナニワ金融道』や『ドラゴン桜』、ビジネス関連で言えば『課長島耕作』(1983年-1992年)と『正直不動産』は大きく異なる部分がある。それが「ゲストのリアリティ」である。
本作の中心である主人公の永瀬はそもそもオカルトな祟りにかかっており、後輩社員の月下咲良は大人とは思えない真っすぐなキャラクター、永瀬が働く登坂不動産社長の登坂寿郞、部長の大河真澄はいかにもステレオタイプな大げさな人物像であり、永瀬の最大のライバルであるミネルヴァ不動産の最強営業マン・神木は人格が破綻した“悪魔”である。
彼らの印象を強くする存在で、決してリアリティはない。そしてこれは批判ではなく、漫画を描く以上当然のことだ。
しかし、毎度不動産関連の相談やトラブルを持ち込んでくる「ゲストキャラ」は、皆リアリティに溢れている。それが他の漫画との大きな違いと言えるだろう。
『ナニワ金融道』や『ミナミの帝王』、『闇金融ウシジマくん』に出てくるゲストの大半は、そもそも金銭的に追い詰められていたり、過剰な詐欺に遭ってすべてを失うパターンが多い。その悲劇や没落を通して「連帯保証人になることは怖い」「おいしい話に飛びついてはいけない」というメッセージを強烈に浮かび上がらせる。
しかし『正直不動産』では、主要登場人物たちの間では騙す騙されるのスリリングなストーリーが展開されるものの、ゲストのキャラクターが破産したり消費者金融に走って追い詰められたりということはほとんどない(営業が刺傷されるシーンがあったが、作品のトーンとしては違和感が残った)。不動産を購入したり借りたりした登場人物たちの生活は、登坂不動産の仕事が終わった後、決してドラマチックではない「生活」が始まるのである。
初めての一人暮らしに悩む若い女性、家を新しく購入するために今の家を急いで売りたい夫婦、経営するアパートの入居が埋まらず管理する不動産屋に怒るオーナー、こうした登場人物は「(全く大げさではなく)自分かもしれない人」である。
灰原達之との違い
『ナニワ金融道』の主人公・灰原達之は、主要登場人物の中でもっとも「地味」で特徴がないキャラクターだ。それは、灰原があくまでも“狂言回し”として存在し、周囲のトラブルやキャラクターを際立たせるためだ。『正直不動産』は永瀬をはじめ主要登場人物を色濃くすることで、複雑な不動産業界のストーリーやゲストのキャラクターを引っ張っているという点で“逆”と言える。
同作は濃い登場人物が物語を引っ張る漫画として素直に面白い土台の上に、不動産業界やそれに(あくまでのリアルに)翻弄される人々の人生も描けているという点で異色であり、読み物としても「ハウツー本」としても使える優れものだ。不動産の専門家が絶賛するのもうなずける。
(文/黒井健)