思考

大衆先導の「ナッジ」を知る。現代を生きる上で重要な思考とは

発行責任者 (K.ono)

 新型コロナウィルスの蔓延や世界の先進国で起こる格差拡大など、今、人間社会は大変な局面に来ています。

大衆を動かすアプローチ

 ホモ・サピエンスの歴史は20万年もの長きにわたるもので、現代社会はほんの100年程度の“一瞬”と考えると、今の社会が長く継続していく保障などどこにもないことが理解できますが、今を生きる私たちにとっては死活問題であり、より良い社会に向かうためにどうすべきかを考えなくてはなりません。

 しかし、ある種の指導者やカリスマが「理想の社会(ユートピア)」を作り上げようと旗を振り「これが正しい」と誘導された先にあったのは、歴史上ナチスのホロコーストや毛沢東の文化大革命など、大量虐殺を招く悲惨なものがほとんどです。「理想の社会を作るために」という運動や主張を人々が疑ったり怪しんだりするのは、歴史的な失敗や悲劇が根底にあるからにほかなりません。

 一方で、現代では大衆を望ましい方向に動かす別のアプローチもあります。インターネットやテクノロジーによってより情報を伝えやすくなった時代、必ずしもカリスマ的なリーダーが必要というわけではないのです。

「ナッジ」

 その方法の一つが「ナッジ」です。ナッジとは「肘で小突く」という意味であり、自発的に望ましい行動をとらせる手法を指します。

 わかりやすい例では、あるwebサービスの会員登録をする際に「メルマガを受信する」のチェックボックスが最初から埋まっていたり、逆に「個人情報の使用を認めない場合はチェックしてください」という部分にチェックが入っていなかったりと、あらかじめ選ばせたい形になっている状況です。これを「デフォルト」と言い、サービスを提供する側が求める形にユーザーを誘導することができます。

 作家の橘玲氏の著書『無理ゲー社会』(小学館)でもこの手法に関する記述があります。ビジネスだけでなく、イギリスの行動洞察チームが年金の自動加入や、納税の督促状で「すでに10人中9人が納税中です」といった“ナッジ”を使うことで大きな成果を出した点を紹介しています。

 ビジネスから国民の(国が思う)あるべき姿に、見えざるメッセージや仕組みで誘導するナッジは、行動経済学においても重要な分野として知られています。

ナッジ理論を注視すること

 一方でそうした「それとない」働きかけが気づかないうちに大衆を誤った誘導してしまうリスクはやはり残ります。強烈なカリスマほどの求心力はないですが、わかりづらくナッジを盛り込むことで詐欺的な事件へと発展することも少なくありません。

 ただ『無理ゲー社会』では、イギリスがコロナ禍にさまざまなメッセージを出したものの、10万人以上の死者を出してしまったことを指摘。ナッジだけでは機能しない部分もあるとも語られています。

 コロナ禍のようなパンデミックは世界的に「有事」の領域であり、ナッジのような弱い誘導が通用しないということかもしれません。ただ、世界が通常を取り戻した時、さまざまな先導や指導がインターネットやテクノロジー上のナッジで行われるはずです。その先導が正しいかどうかを判断するのは国民であり、多くの人がこのナッジ理論を注視することは、誤った誘導を避けるために重要といえるかもしれません。