近年、視聴者のテレビ離れや視聴率下降がよく話題になります。
毎日テレビを見るのは国民の半分
インターネット動画やサブスクリプションの利用者が激増し、特に若者のテレビ離れが深刻化していると言われています。NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査2020」によれば、平日の1日に少しでもテレビを見る人の割合(行為者率)で、10~15歳は56%、20代は51%と、約半分しか毎日テレビを見る習慣がないこともわかっています。
表現が規制されるなど、ネット動画と比較して自由度が低い点や、視聴者のボリューム層である年配層を軸にしたコンテンツづくりの傾向などさまざま理由はありそうですが、やはり現代の「選択肢の多さ」がもっとも大きな理由と言えるのではないでしょうか。
戦後から高度経済成長と比較して、今の日本はモノやサービスに溢れており、少なくとも娯楽という観点ではテレビだけが選択肢になる時代はとうに終わりを告げています。その上で、情報を受け取るだけでなく、自分から主体的に探しに行けるネット環境が選ばれやすいのも理解できます。
一方で、テレビやネット動画など「動画全体の選択肢」があまりに増加したことも大きいのではないでしょうか。
テレビは基本的に地上波はNHKを含めた6局でチャンネルも6つですが、BSを含めれば倍以上になります。さらに「WOWOW」等の有料チャンネルも含めると20を超える選択肢を持つ視聴者もいるでしょう。
動画の選択肢は今や「無限」
その上でさらに「Netflix」や「Amazon Prime Video」「U-NEXT」等のネット動画、さらにネットテレビである「Abema」なども含めると、その選択肢は“無限”と言っても差支えありません。
こうなると「チャンネルが多すぎるせいで観たい番組が見つからない」「常にチャンネルを変えるハメになる」という新たな問題が生じます。人間はあまりにも選択肢が多いと「決断疲れ」を引き起こし、結果的に何も得ない(得られない)という結末を迎えがちなのです。
多すぎる選択肢に、人は不安になり、脳が麻痺状態になります。ある商品でも、品ぞろえを24種類と6種類で比較した場合、6種類のほうが明らかに売れ行きが良かったことが、コロンビア大学シーナ・アイエンガー教授の研究で明かされています。選択肢が多すぎると「結局選べなかった不満」だけが残るということです。
こうしたモノやサービスにあふれた豊かな社会でこそ、実は人が豊かさにたどり着けない矛盾を「豊かさのパラドクス」とフランスの科学雑誌の編集者ジャン=フランソワ・ドルティエは名付けています。
こうした状況下で、視聴者が毎日放送時間が決められたテレビで好きな番組に「たどり着く」ことがいかに難しいかが理解できます。多くの選択肢がある中で、たまたまテレビのチャンネルをつけたとして、自分が気に入る番組になる可能性は非常に低いでしょう。
「決定麻痺」という矛盾
マーケティングディレクター橋本之克氏の著書『9割の買い物は不要である』(秀和システム)でも「決定麻痺」という言葉で同様の指摘をしています。マクドナルドが2015年に展開した「新バリューセット」を例に取り上げていますが、当時このセットは組み合わせが1000以上ありました。
しかし、前述の決定麻痺に加え「カウンターで選ぶ」「後ろに人が並んでいる」などファストフード店独特の状況も相まって、うまく機能しなかったようです。結局そのキャンペーンはすぐに終わりました。
マクドナルドの例を見ると、単なる選択肢の多さに加え、サービスの特性や状況、環境等も相まって決断疲れはより悪い効力を発揮してしまうことがわかります。マクドナルドという巨大企業ですら、時にこうした罠に陥ってしまうのです。
テレビに関しては不可抗力の部分もあり、今さらコンテンツを見直しただけでは覆せない業界の状況や仕組みが大きいことが理解できます。大逆転の浮上はなかなか難しいかもしれません。
(文/谷口譲二)