岸田文雄内閣総理大臣が昨年、100代目の首相として「新しい資本主義」を標榜しました。
日本では米国からきた新自由主義が浸透し「自己責任」が強く押し出されています。平等な教育を受けさせているのだから、あとは本人の努力と才能であり、自己責任であると。
国の格差と精神の健康
これは大学の奨学金などがわかりやすい例です。1984年に「有利子貸与制度」ができたことに端を発したのですが、理由は大学進学率と学費の上昇が理由で、奨学金自体の拡大が求められたのです。有利子奨学金は日本が年功序列の賃金、終身雇用を基準としたものでしたが、それが崩壊しフリーターや非正規雇用が増大したことで「奨学金という名の借金を返せないこと」が社会問題化しています。
現在は終身雇用と年功序列がボロボロなのに奨学金制度だけが残っている、という状況が現実です。何が言いたいのかというと、こうした原因が明らかな状況でも奨学金問題が消えないのは「奨学金をもらって大学に通った自己責任」という考えが強くあるからです。そうした考えの犠牲になっている人は数多くいます。
行き過ぎた(とされる)新自由主義、それに伴う格差や貧困層の是正を狙うのが「成長と分配」を軸にした岸田首相の新しい資本主義です。ここまでの給付金問題やそれに対する世間の反応を見る限り「絵に描いた餅」で終わりそうな気配もありますが、日本に限らず世界でも格差は大きな課題であるのは確かでしょう。
英国の経済学者リチャード・ウィルキンソンらの著作『格差は心を壊す 比較という呪縛』(東洋経済新報社)では、先進国における所得を中心にした格差が、そこに住む人々の精神や健康状態悪化と比例する研究結果を数多く紹介しています。
先述の大学の奨学金や株式の動向、景気や金融状況や天候など、各国の社会問題はメディアなどで大きな時間や枠を割かれて検証されるとしています。それは日本も同じでしょう。
子どもの福利(幸福をもたらす利益)
一方、ヨーク大学のジョナサン・ブラッドショー教授は「子どもの福利(幸福をもたらす利益)に対しもっと関心を持つべき」と警鐘を鳴らしています。
これは、子どもの福利は格差が拡大するほど低くなるという調査結果からの意見です。2015年、15か国5万5000人の子どもへの調査において、英国が子どもの福利ランキングで下位に沈んでいます。英国は世界でもトップクラスに格差が大きいことで知られていますが、他国においても子どもの福利と格差の相関関係が見えたということです。
格差の大きな国では、社会的地位の高低に意識が強くなり、高級ブランドや贅沢品への欲求が高まります。まさに物質主義と言えますが、そうした国の子どもたちも「人が持っているモノによって社会的評価が決まる」と考えるのは自然ではないでしょうか。
物質主義的な考えは社会的地位への意識が強まるほどに上昇し、他人との競争が常態化します。消費財や贅沢品を供給する企業や広告代理店はそういった不安や焦燥感を巧みに利用し、購買を煽ります。最近ではSNSによって「競争相手」たる他人の数は増加する一方なのです。
そのような社会の影響を最も受けるのが多感な子どもなのは間違いないでしょう。そしてそれが健全でないことも想像に難くありません。ブラッドショー教授の指摘は決して的外れではないのです。それが一番、社会の健康状態を表す可能性は高いと解釈しているということです。
(文/田中陽太郎)