思考

「成果報酬の罠」インセンティブが生む人間の暗部。仏教「小欲知足」を知る

発行責任者 (K.ono)

 終身雇用、年功序列などといった、日本企業で当たり前といわれていた文化の多くが今、大きく瓦解しようとしていることは多くの人が認識しているところでしょう。

「成果報酬型」の賃金体型

 長引く景気停滞、海外とのIT・AI競争の遅れ、少子化など要因は多々ありますが、変化が激しい時代の中、40年間近く同じ会社で働いて、退職金を得て老後を暮らすという長期モデルを描けないというのは納得のいく話かと思います。

 安定的な会社員生活などが期待できない中「起業等で早い段階で多くの金を稼ぐ」や「経済的自由を得て早期リタイヤする『FIRE』」なども注目されています。

 しかし、そうしたことができるはやはり一握りであり、多くの人は今の会社で出世するなり、条件のいい転職先を探すなりをするはずです。そしてそれは決して間違ったことではありません。

 ただ、多くの人が本質的に成長や収入増を望んでいる中で、そうした性質を利用した会社などもあります。それが「成果報酬型」の賃金体型です。

 年功序列に対する否定的な意見が増えてきた中、成果報酬型のビジネスモデルを歓迎する声も確実に増えてきています。成果をあげた人は収入が上昇し、結果が出なければ収入が増えないor減少する、というもの。残酷という見方もありますが、合理的という点も否定できません。最近では定期昇給と成果報酬のハイブリッド体型を敷く企業も少なくありません。

「インセンティブ」という言葉は、多くのサラリーマンにとって魅力的です。頑張り次第で人生が好転する可能性があるわけですから、肯定的な響きもあるでしょう。

 ただ、このモデルは、ともすれば日本の多くの会社員が陥る「決して褒められたものではない思考」を促進させるリスクを抱えています

「小欲知足」

 年功序列と比較して、成果報酬型は社内の「競争原理」をより強く促進させます。それ自体は悪いことではないのですが、それによって「自分の出世とカネ」を第一義とする社員が増加する可能性が浮上します

 年功序列の企業でも出世争いはありますし、それに伴う醜い争いは多く聞こえてきます。成果報酬型を導入することによって、本来は社員が協力して社会に対して良好な商品やサービスを提供する目的から外れ「社内での戦いがメイン」になってしまい、労働の本来の価値を見失うということです。「カネの魔力」というのはそれだけ強いものなのでしょう

 誰しも出世したい、成長したいと思うのは当然のこと。しかしそれが利己的な出世欲だけなのだとしたら、人は底なしの欲望に飲み込まれるもの。どんなに出世してもライバルや敵の存在が気になってしまい、決して満足することができなくなってしまうでしょう。それが「幸福」な人生といえるでしょうか。表では「家族のため」「自分が成長したいから」と言い聞かせても、本質が利己的な出世欲であればそれは言い訳のニュアンスになってしまいます。

 仏教には「小欲知足」という言葉があります。底なしの欲を捨て、今ある状況を受け入れて前向きに生きるという考え方です。それを実践することで周囲との相対評価に苦しむことなくなり、自分自身の内面を豊かにできるという思想です。

 自分自身にとって仕事において何が大切なのか、自分や家族が幸せになり社会に貢献する道は何なのか、そしてそれを今の会社や組織で実現できるのか、一度立ち止まって多角的に考えることが重要かと思われます。
(文/谷口譲二)