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インフルエンサー「実績のカラクリ」誰もが錯覚する「ウィル・ロジャース現象」

発行責任者 (K.ono)

 他人に「すごい人」と見られたい人は、決して少なくないでしょう。

 人は友人や家族関係など、橘玲氏の著書『幸福の「資本」論』(ダイヤモンド社)でいうところの「社会資本」によって幸福を感じます。どうせなら人に好印象を与えたい、尊敬されたいと思うのが自然ではないでしょうか。それがないとすれば、向上心がない人ということになってもおかしくはありません。

一番確実に評価されるのは「仕事の成果」

 少なくとも社会人であれば、一番確実に評価されるのは「仕事の成果」です。年収がいくらであるとか、仕事での出世ですとか、社会への影響力ですとか……世に言うインフルエンサーの人々の自己顕示欲はかなりのものですが、これもまた作り上げた(とされる)実績と数字を知ってほしい、それによって「憧れ」が生まれ、さらに成果が上がるという仕組みです。

 昨年、ホームレスや生活保護者への差別発言で大炎上したメンタリストDaiGoさんは、YouTube内でことさらに自分の収入や高価なワインなどについて語っていました。そうした姿に拒否反応を示す人もいたでしょうが、反対に憧れ「自分もこうなりたい」とファンも集まっていました。憧れというのは人間にとって強い感情で「月収1億円」や「資産100億円」などというワードに刺激されてしまう人が多いのも当然と言えるのです。

 しかし、こうした実績の「本当のところ」を意識しないと、思わぬ“テクニック”のワナに陥ってしまう可能性もあります。

 例えば、あなたが務める親会社の命令で3つの会社を経営している雇われ社長としましょう。会社の権利となる株は持っていないので、ほとんど会社員と同じです。

「3つの会社の業績をすべて黒字にしてほしい」

 あなたは親会社から「3つの会社の業績をすべて黒字にしてほしい。できたら来年の報酬は倍だ」と言われます。受け持つA.B.C社のうち、A社は圧倒的な黒字があり、Bはギリギリ黒字になるかならないか、Cは赤字です。3つ全部を黒字化するのが決して簡単ではないことは想像に難くありません。

 ただ、これを「簡単に達成する」ことが可能です。ようはA社の利益をB社とC社に何らかの形で補填して「机上では全部黒字」にしてしまえばいいわけです(税務上の問題などはとりあえず無視します)。

 全体の数字は何ら変わっていないのですが、あなたは「3社すべてを黒字化したすごい人物」という勲章を手に入れることができ、倍の報酬もゲット!ということになるでしょう。

 無論、この話では支配権を握る親会社からツッコミが入る可能性も大ですが、例えば「インフルエンサーとそのファン」であれば、そうした“数字のマジック”の中身を知ることはできません。ファンはいくつもの会社を黒字にしたインフルエンサーを「天才実業家」などと祀り上げるのではないでしょうか。

 これを「ウィル・ロジャース現象」と言い、同名のコメディアンが「オクラホマにカリフォルニアの人が移住すれば平均のIQが上昇する」というブラックジョークを起源としています。

非常に巧妙かつ一癖あるもの

 このウィル・ロジャース現象が良く使われるのは「医療」と、スイスの作家ロルフ・ドベリ著『Think Smart』(サンマーク出版)には記されています。癌などの腫瘍は「ステージ1〜4」などという表現をされることが多いですが、生存率は年々上昇しています。その理由は薬や手術の技術が上昇した、というだけではないのです。

 医療が発達したことで、これまで「健康と思われていた人」の小さな腫瘍まで発見できるようになりました。こうした超初期段階の患者がステージ1に入ることにより、結果的に生存率を上昇させている部分もあるのです。これはウィル・ロジャース現象とは別の言い方で「ステージ・マイグレーション」と呼ばれます。

 数字のマジックというのは時として非常に巧妙かつ一癖あるものである場合が多く、簡単に気づけないこともあります。少なくともインフルエンサーたちの「月収●●円」などは、その裏にあるカラクリを意識してもいいかもしれません。
(文/谷口譲二)