多くの人、あらゆる人が感じる「強い後悔を覚えるシチュエーション」とは、どういった場面でしょうか。
それは「あと少しで達成できそうだった事柄ができなかった時」です。数分、数十秒の違いで電車に乗り遅れたり、80点/100点で合格のテストで78点だった時、ハナの差で馬券を外した時、完璧なコースに蹴ったシュートがポストに阻まれた時……ギリギリ、あとほんの少しの差で結果が大きく変わってしまった時ほど、人間の後悔は大きなものとなるのです。
アルゴリズム的な思考
こうした後悔によって生じるフラストレーションや苦しみなど内面の不快感はなかなか解消できるものではありません。2021年は東京五輪が開催されましたが、金銀銅のメダルの内「銀メダリストの悔しさがもっとも大きい」ことがわかっています。もう少しで金メダルだった人は、金メダリストとは差が大きかった銅メダリストよりも苦しみは大きいのです。これは、自分自身と金メダリストを比較せずにいられない人間の心情を示しています。
後悔は感情によるものですが、それが思考によってより肥大化していくものです。望まない結果が出たことで「あの時こうしておけば、こうなっていた」というアルゴリズム的な思考(条件的叙述)をしてしまい、ネガティブは増幅してしまうのです。
よく「自分はネガティブだから、すぐクヨクヨしてしまう」「合理的で優秀じゃないから、後悔から抜け出せないことが多い」という人がいますが、実態としては知性が優れている人でも、後悔という面では他の人と大きな差異はないということが、米国での3000人に上るメタ分析では明らかになっています。自分の思考に悩む多くの人にとっては希望になる話かもしれません。また、高齢者のほうが若者より行動への後悔が強くなったり、男性のほうが女性より強く後悔を抱くことが多いこともわかっています。
新自由主義やリバタリアニズム(自由至上主義)など政治思想も含め、とかく個人の選択の自由や可能性が多く提示され推奨される現代ですが、それによって幸福が増大しているわけではないことが、これらの仕組みからは明らかになっています。
「リスクをとらないことこそがリスク」
スーパーマーケットやネット通販でも「選択肢が多すぎる」ことは決してプラスに左右するとは限りません。
あるセーターのカラーバリエーションが30種類だった時よりも7種類のほうが売上が伸びた、といった研究もあります。あまりにも選択肢が多いと消費者には「決断疲れ」「選択疲れ」が起きてしまいます。結局求める商品や結果にたどり着けないというパターンはいくらでもあります。
どうやら人は、後悔から逃れられない生き物でもあるようです。人は「後悔を本質的に避ける生き物」ですが、そのもっとも単純な行動が「何の行動も起こさない」ことです。積極性を極力排除し、現状維持を保ち続けるというわけです。
ただ、これでは解決に至らないのもまた事実。経済学者のデイヴィッド・ベルらが1982年に打ち出した「後悔の理論」によれば、人は長期的には「行動“しなかった”ことへの後悔が大きい」と結論づけられています。こうなると大物経営者が語る「リスクをとらないことこそがリスク」という意見にも一定の説得力がもたらされます。
ただ、目の前の後悔を避けるために行動をしない現状維持に意味がないわけではありません。短期的には「行動に伴う失敗」の後悔が大きくなるからです。短期的にも長期的にも後悔の種は存在し、逃れることはなかなか難しいことがわかります。
後悔をコントロールすることは困難……人間として生きていく以上、常に付きまとう問題と言えるでしょう。また、同様の心理状態である人が多数派と考えると、それほど思いつめる必要もないのかもしれませんが……。
(文/田中陽太郎)