日本では昨今、教育に関する問題点が良く議論されます。
公立なら小学校から中学校まで最大9年間、同じ人たちが「クラス分け」の形で集団で足並みをそろえることを重要視され、高校や大学入学を目的とした偏差値重視、暗記学習の重点、受け身の授業スタイルなど、あげればキリがない状況です。
教師はリスキーな職業
海外との相対的評価、それぞれメリットもデメリットもあるので一概には言えないことですが……。
また、特に小中学校の教育で上記のような流れが出来上がるため、システムはもちろん、教員の責任なども強く問われる部分もあります。学校教師のブラック企業顔負けの過酷な労働はよく注目されますが、その上子どもの将来をある程度動かすリスクもあり(本来は)半端な覚悟でできる職業ではありません。
人間の認知科学でも、子どもの学校教育における教師の影響力についての証明や理論が数多くあります。その一つが「賢馬ハンス」です。
これは文字通り、19世紀ごろドイツにいた馬の名前で、一躍有名になった馬でした。ハンスは飼い主が出した計算問題などを「蹄を叩く回数」によって解き正解を連発したというで世間を騒がせました。イカサマでもないことが証明され「非常に賢い馬」と世間が認識したのです。
ただ、これには飼い主すら気づかない“カラクリ”がありました。調査における実験の一つに「出題者や飼い主、そして聴衆が問題すらも知らない状態」にし、ハンスに出題するというものがありました。すると、ほぼ全問正解だったハンスの正解率が1割にまで落ち込んだのです。
実はこのハンス、答えの蹄を叩く最中に「出題者や聴衆が回答に近づくにつれ、気づかないほどに微妙に変化する表情や顔の向き」を見ており、その変化を手がかりに正解を重ねていたのです。正解時におやつをもらうため、ハンスは表情というヒントを使っていたことがわかりました。
他者の挙動や関心が他の誰かの行動に影響を与える
こうして、イカサマでこそないものの、ハンスが極めて賢い馬というわけではなかったことが証明されたわけですが、他者の挙動や関心が他の誰かの行動に影響を与えるということは往々にしてあります。
米ペンシルベニア大学ウォートン校教授であるアダム・グラント氏が紹介した研究によれば、ある小学校の教師がお気に入りの児童と気に入らない児童とを分類しそれぞれ評価したところ、評価の低い子どもは独創性のあるタイプが多いとしています。
独創性のあるタイプは大人になってその特性を生かし成功する人も多いとグラント氏は語っていますが、実際には教師の矯正や機嫌合わせを覚えるようになり、抑圧されていつの間にか“優秀でもなく特徴もない人”になってしまう場合も少なくありません。それは、ハンスのように本来の志向が歪められた結果と言えるかもしれません。
「ピグマリオン効果」
また別の研究では、ある小学校で教師がクラスで「今後成績が伸びる生徒リスト」をクラスの全生徒たちに公開したところ、「伸びる」と言われた生徒たちは実際に成績が上昇していったというものもあります。このリストは何の根拠もなかったのですが、期待をダイレクトに受けたことで子どものその後の行動に影響を与えられることがわかります。これを「ピグマリオン効果」と言います。
学校に限らず、「優秀」と判断した人を、管理する側が重用し大事に育てることで良好な結果につながるというのは合理的かもしれません。一方で一部の人を優先させることで他の人たちの成長が阻害されたりという、偏りのリスクも同時に発生します。
教師による生徒のえこひいきや扱いの分断は、後々大きな差を生む可能性があります。やはり非常に責任の重い立場ですが、多忙な労働環境ではそうした注意を向けることも難しいのではないでしょうか。日本の画一的な教育システムを見直すことも必要なのかもしれません。
(文/堂島俊雄)