思考

今の仕事は楽しい? 日本人が働く上で考えるべき「蘭とタンポポ」

発行責任者 (K.ono)

 昨年10月、品川駅のディスプレイ広告に大量に映された「今日の仕事楽しみですか。」に、世間の批判が集まりました。

「仕事を楽しめない人を傷つける」「楽しくなくてもやらなければならない仕事がある」と炎上したこの広告は即取り下げられ、出稿した会社は謝罪をする事態に発展しました。

「蘭とタンポポ」の考え

「仕事や人生を楽しむ」「自分に合った仕事を見つけるべき」といった言葉が広く出回る昨今ではありますが、実際に好きなことを好きなようにやって収入を得る、もしくはサラリーマンとして給与をもらっている人は極めて少数派なのが現実です。仮に自分のやりたいことがわかっていても、現在の収入が下がったり、抱える家族への影響から現状に留まるという選択は真っ当と言えるでしょう。「置かれた場所で咲きなさい」という言葉がありますが、それを真っ向否定することはできません。

 ただ「置かれた場所で咲きなさい」という言葉に対し『「置かれた場所」で咲く不幸』と否定的な見解を示す人もいます。それが作家の橘玲氏で、著書『もっと言ってはいけない』(新潮社)では、日本人の遺伝学的な見地から「置かれた場所で咲く難しさ」について考察しています。

 橘氏はアメリカの児童心理学者トーマス・ボイス博士などが語る「蘭とタンポポ」という考えをまず紹介しています。蘭は環境の変化には弱く脆いですが、適切な環境で育てれば非常に美しい花が咲きます。タンポポはどんな場所でも育つタフさがありますが、花は小さく、決して目立ちません。

 日本人は他と比較して真面目で几帳面で責任感が強い民族で、それが何百年もかけて受け継がれています。周囲との軋轢を嫌い感受性も豊かですが、こうした一連の傾向は、ドイツの精神学者フーベルトゥス・テレンバッハが提唱したうつの病前性格「メランコリー親和型」と一致します。時折日本人が「うつ病になりやすい」と指摘されますが、そもそも不安や抑うつ傾向が強く出やすいのです。

「置かれた場所で咲く」べきか

 不安が出やすいからこそ企業という「家族、ムラ」という共同体の一部でいることを望みますし、そうした共同体が失われることをひどく恐れます。終身雇用に年功序列など、日本型「メンバーシップ雇用」が今日まで強く機能しているのは、まさに国民性や遺伝的側面も大きく影響しているのです。

 ただ、前述の蘭とタンポポの話に戻りますが、日本人は感受性が強いが故に、自分に合う環境でないと早い段階で精神的に追い詰められる蘭の特性が強いことが理解できます。本当はこの会社を向いていると思って働いている人は少なく、だからこそ会社への忠誠心ややる気が国際的にも低いとされています。

 日本人は環境の変化に対する恐れから「置かれた場所で咲く」ことを目指す、いや目指さざるを得ない思考の人が多数派です。しかし日本人は「置かれた場所で咲くようには、遺伝的に設計されていない」と橘氏は指摘します。

 蘭の傾向が強いということは、自分に合う環境があればタンポポ型よりもずっと幸せを感じられるということでもあります。安易に「自分に合った職場を探すべき」とは言えませんが、今いる場所に長くいることが本当に幸福か否か……改めて考えるようなアナウンスはあってもいいのかもしれません。「今日の仕事は楽しみですか。」のように、決して挑発的ではなく、ですが。
(文/田中陽太郎)