思考

感情は容易に伝染する。自然な伝達と無意識な模倣とは

発行責任者 (K.ono)

 私たちは日常生活で、他人と影響を与え合いながら生きています。どんなにドライな性格の人でも、誰からも影響を受けずに生きていく、ということはあり得ません。

「感情が伝染する」

 お互いに影響を与えあう最も強力な方法の一つが、感情を用いることだと、認知神経科学者のターリ・シャーロットさんは著書『事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学』のなかで述べています。ターリさんによると「感情は非常に伝染しやすい」のだそうです。

 でも、「感情が伝染する」と聞くと、なんだか非科学的な感じがして、にわかに信じがたい、という人も多いのではないでしょうか。

 でも、よく考えてみてください。あなたが何かを怖がっている様子をみせたら、周囲も怖さに敏感になり、周囲に危険がないかどうか目を配るようになるでしょう。

 子どもが楽しそうにしていたら、その楽しそうな理由はわからなくとも、たとえその子が赤の他人だったとしても、こちらまでなんだか楽しい気分になってきませんか。

 これは実際に出会う人に限った話ではありません。映画やドラマ、ドキュメンタリー、スポーツなどを見て思わず涙したり、悲しんだりした経験は誰しも覚えがあるはずです。

 スポーツなどはその良い例で、優勝が決まった瞬間や、競り合っている試合の展開のなか勝利を信じてひたむきにプレーする選手の表情を見ることで、選手と同じように喜んだり、ハラハラしたりする。しかも、それが特別好きな種目でなくとも、です。

 私たちの脳が感情を素早く伝達し合うようにできているのは、周囲の環境に関する重要な情報を、感情が知らせてくれるからです。「こうしたことは、すべて瞬間的に起こる。他人の喜び、痛み、悲しみを感じるこの能力は持って生まれたものだ」と、ターリさんは語っています。

 感情とは本質的に、外部の事象や内なる思考に対する肉体の反応であり、重要なメッセ―ジを運びながら人から人へと伝わっていきます。

感情の「2つの経路」

 とはいえ、目に見えない、個々人が抱えるこの“感情”というものが、どのようにして他人へと伝わるのか不思議ではありませんか?その伝達には、ターリさんによると、主に2つの経路があるそうです。

 1つ目は、模倣ではなく単に感情が刺激されたことに対する反応なのだとか。これはいたって単純な仕組みです。2つ目は無意識の模倣によるもの。人は他人の仕草、声色、表情を常にまねてしまう習性があるのだとか。

“無意識の”ということで、私たちは他人の真似をしていることに気が付いてすらいませんが、相手がハキハキ明るくしゃべっていると、自然と自分もつられてそっくりのしゃべり方をしてしまう、といったようにです。

 ところで、社会人なら、コンペティションに参加し、取引先へのプレゼンテーションの資料作りや、発表に苦労したことはないでしょうか。

 伝えたいことはこれと決まっているのに、どうも発表しようとするとうまくいかない。とってもいい内容の提案のはずなのに、クライアントの反応がイマイチ。

 逆にありふれたアイデアなのに、プレゼンテーション上手な会社に仕事を持っていかれてしまうことも、社会では決して珍しいことではありません。

 このように、他人とアイデアを共有するには、大変な時間と認知的な努力を必要とします。しかし、この“感情”というものの共有は、時間も手間もかからない。気持ちの共有が容易ならビジネスはもっと簡単にいくのに、と思ってしまうのは筆者だけではないはずです。
(文/名古屋譲二)